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はしりがき

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プレイングの分析

DMのプレイングにおいて、思考などというものはさほど重要でない。
プレイング上の判断を「自分の情報」「相手の情報」「それらを統括して判断を下すこと」に三分割して説明しよう。この構造において、思考力の介入するポイントは2つ。「自分の情報」「相手の情報」を同時にストックしておくための「思考力」と、それらを判断に変換するときの変換能力を指した「思考力」である。
まず、相手プレイヤーに依存する情報というのはそう多くない。それは不確定要素が多すぎる、というDMの特性に端を発している。相手プレイヤーの情報は「使用したカード」「マナゾーン」から判断するほかないが、"今ここで相手は何ができるのか"というミクロな情報──つまり「手札の情報」と「バトルゾーンの情報」──のうち前者は不確定要素の割合が大きく頼りにしづらい。後者は確定情報で、量もあるのだが、「相手にとって重要なクリーチャーは除去する」とか「一斉攻撃されると負けるクリーチャー量だから先に攻撃せざるをえない」とか、判断への変換自体は簡単なものであることが多い。そして相手プレイヤーについてのマクロな情報──「デッキタイプ」とほぼ同義である──に目を向けると、「デッキタイプ」を読む力が知識・経験に依存するために思考そのものの重要性は小さいことが分かる。
次に自分の情報についてだが、これはまさに「経験」の縄張りだろう。何度も回した自分のデッキの情報ならいちいち考え込まなくても知識として持っているはずだ。
以上の情報を統括して判断を下すことになるが、DMにおいては「選ぶほど選択肢がない」。手札の数(から常識的にありえない選択肢を引いたもの)など高が知れているし、「中途半端に攻撃せずクリーチャーを並べて最後に一斉攻撃」というセオリーさえ知っていればクリーチャーの攻撃云々で大失敗することはない(とはいえクリーチャーで攻撃するか否かというのはリスク計算に不慣れな初心者にとって難しいようだ。まあコピーデッキとして跋扈しやすいデッキはそういった判断が簡単か、少々間違っても問題ないほどカードパワーが大きいかのどちらかであることが多い)。マナ、あるいは墓地から何を回収すべきかとなれば思考らしきものが姿を見せるが、一試合の中でそのような状況は多発するものではない(もちろんデッキタイプにもよるが、そのような状況が頻繁に起こるデッキタイプは少数)。さらに言えば、引いてくるカードは基本的にランダムだから、囲碁将棋のように先を読むことの意義は比較的薄いのである。

結局、プレイングの大部分は思考ではなく知識・経験なのだ。
思考力は人それぞれだから「あんまり頭を使う必要がない」と言えば語弊があるが、少なくとも「思考のプレイングに占める割合」というのはこの程度。これで戦略ゲームを標榜するのは流石に無理があると私は思うのだが、どうだろうか。

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